十全大補湯は中国の医書「和剤局方」に収載された方剤で、気血両虚が見られる場合に不足した気血を大いに補います。
エキス剤で流通しているメーカーの効能には、病後の体力低下、疲労倦怠、食欲不振、ねあせ、手足の冷え、貧血、食欲不振、衰弱が甚だしいもの…などの記載があり、術後や産後などの体力回復として病院でも繁用されています。
しかし、気血両虚の患者に「十全大補湯」を使用したものの効果が得られない場合は、どうしたらよいのか。
効能書き通り、「病後の体力低下、疲労倦怠、食欲不振、寝汗、手足の冷え、貧血」といった症状を患者が持っているのになぜ効かなかったのか。
この疑問に答えるには、多くの問題を解決しなければなりません。
残念なことに効能書きには「舌象」の情報は載っていません。
たとえ、効能書きに載った症状が全部揃っていても、黄膩苔及び瘀斑舌や、白膩苔、裂紋舌、鮮紅舌などの場合に十全大補湯を単独に投与すると、効果が得られないだけならばまだ幸いで、恐ろしいのは副作用が出てくることです。
効能書には「使用上の注意」として胃腸の虚弱な患者に対して食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐、下痢などが現れると記載されています。これらの症状が中医学の観点からどのような舌象に反映されるか、見極める必要があります。
個人差はありますが健康な舌象は、「淡紅舌、薄白苔」を呈しています。
しかし、黄膩苔がある場合、それは湿熱或いは痰熱があることを示す印です。
湿熱があれば、胸やけ、便秘などの症状を伴うので脾胃に湿熱があると判断し、黄連解毒湯を加えます。
イライラ、頭痛、脇腹の脹痛などを伴えば肝胆湿熱を判断し、竜胆瀉肝湯を加えます。
痰熱を伴う場合は、黄色痰が多く、眠れない、胸脹などの症状が見られ、五虎湯などと併用します。
十全大補湯の特徴は、気血を補い腎陽を温めることです。
十全大補湯を使用する前提は邪気が存在していないことで、上記した舌象がある場合は単独で十全大補湯を使うことはできません。
効能書きの症状が一緒だとついついその方剤を選びがちですが、効果的に使用するためには効能書きを参考にしながらも、中医学の弁証原則に従わなければなりません。これによって自信をもって投与できます。
方剤の選択をより正確にするには、中医の理論の「ひきだし」をたくさん用意し、またそれを整理して必要な知識を「アウトプット」する力を身につけることです。そうすれば臨床で活躍できるようになります。