中医学には、一症多因、一因多症という考え方があります。
一症多因とは、一つの症状(又は病気)には、誘発原因と病理の種類が
一つではなくいくつかの原因があると考え、また一因多症とは、一つの発病原因に
多くの症状と病理状態を誘発すると考えています。
「症状が発生する原因は一つではなく、また病気を発病する原因は一つではない」という
考え方があるため、ある一つの方剤が幾つかの病気の治療に用いられるのは、この考えが所以です。
まだ大学生だった30年前、次のような論文を読み、感動を覚えたことを記憶しています。
それは、インターフェロン(英: Interferon、略号:IFN)とは、
動物体内で病原体(特にウイルス)や腫瘍細胞などの異物の侵入に反応して
細胞が分泌する蛋白質で、 ウイルス増殖の阻止や細胞増殖の抑制、免疫系および
炎症の調節などの働きをするサイトカインの一種である。という内容でした。
この論文を紹介した文章には、あと数十年の後にはすべてのがんを克服するだろうと書かれていました。
当時、呼吸器科、消化器の臨床現場にいた私は、胃がん、大腸がんの
患者さんが数多く入院していましたので、インターフェロンが手元にあれば…と、悔やんでいました。
しかし、その後がんの発病率は、ますます高くなり、今でこそ
不治の病とは言われなくなりましたが、死亡率が減ったとも言い切れません。
日本では、2人に1人ががんにかかるとも言われています。
なぜか?
中医学の個々の体質に対して考慮する考えが欠けていたのでは?
一症多因、一因多症の考えが治療のヒントになるのではと感じています。
■ 一因多症
一因多症について例を挙げます。
例えば、怒りっぽい、いらいらするといった気持ちが長く続くと、
肝や胆の病気の他、頭痛や精神不安、瘀血、のぼせ、不眠などの症状を引き起こす可能性があります。
怒りっぽいという一つの感情が原因ですが、現れる症状は様々で体に多くの影響を及ぼします。
何故でしょうか?
その理由は、五臓の状態、陰陽バランス、内臓間の関係など、元々の体の内部状況によって
生じる病理状態が変わり、これらの病理状態を反映するのが症状の特徴です。
逆に言えば、それぞれの症状の特徴を正しく掴むことで、病理状態を割り出すことができます。
「怒」という一つの原因によってひき起こされる頭痛の場合、
頭痛がどのような時に痛み悪化するか、また痛む場所がどこか、
伴う症状はあるかなどを確認する必要があります。
例えば、頭痛がひどくなる時間帯は、午前中か、午後または夜間か、
過労や興奮した後に悪化するか、随伴する症状としてのぼせや不眠があるか、などなど。
これらを確認しなければ、怒りっぽい感情が続いたことで生じた頭痛の病理状態が掴めません。
■ 一症多因
一方、一つの症状は多くの原因が元になって生じます。
怒りっぽい感情が続いたことで生じる頭痛の説明をしましたが、
頭痛という症状はいくつかの原因によってひき起こされます。
頭痛を中医学で治療する場合、症状の発生からの流れを掴むには、
外感によるか内傷によるものかを判断し、虚実、寒熱、表裏の他に臓腑間の
バランス関係が崩れていないかなどの要素を考えます。
頭痛だから、鎮痛剤を用いると考えるのではなく、頭痛が起きた背景を考えて治療薬を選択します。
このような作業を弁証論治と言います。
選択した漢方薬の効果が得られなかった場合、弁証か論治が間違っていると判断します。
同じ病気でも、違う薬で治療することが当然なことだと考えています。
■ 最後に
漢方薬で治らない病気の場合、少なくとも病因病理が掴めていない場合が考えられます。
新薬が効いたケース(数が絶対多い)の他に、効かない或いは副作用が生じたかについては
ぜひ中医学から見た病理特徴の部分という考えを取り入り入れて欲しいと思いますが、
中医臨床の難点の一つは、このような一症多因と一因多症への判断力を
身に着けるには多くの学習時間と臨床経験が必要になります、
教育の現場で、数年中医学を勉強しても中々この難点をクリアできない方も多くいると感じています。
理由としては、西洋医学の観点から中医学を理解しようとしているか、
漢方薬への西洋医学の薬理研究成果だけに頼るか、基礎理論と中医診断学の勉強を
重要視していないかなどが考えられます。
中医学の大きな特徴である一症多因、一因多症という考え方を紹介しました。
一つの症状には誘発原因と病理の種類が多くあること、一つの原因が
多くの症状と病理状態を誘発することを覚えてください。