中医学の治療原則とは?

中医学の治療原則は、疾病の原因や患者の体質、病気の病理状態を総合的に判断し、個々の患者に最適な治療を行うための基本的な方針を示しています。この原則は、陰陽五行や気血津液、臓腑の理論など、中医学独自の哲学と理論に基づいています。以下に主要な治療原則を詳しく解説します。

1. 治療原則の概念

中医学では、「弁証論治(べんしょうろんち)」を基本としています。これは、患者の病態(証)を正確に分析し、それに基づいて治療法を決定する原則を治療原則といいます。

弁証(べんしょう):
四診を通じて判断し、病因、病位、病性、病勢という病理病態を分析する。
論治(ろんち):
弁証の結果に基づいて、適切な治療法を考案し実行する。治療法は治療原則に従います。

2. 治療原則

中医学には、以下のような治療原則があります。

(1)正気扶助(せいきふじょ)、邪気駆除(じゃきくじょ)

正気扶助は患者の体内の健康を保つ力(正気)を高めることで、病気に打ち勝つという意味です。直訳すると、正気を扶けて、邪気を除く力を増やすことで、扶正と省略します。邪気駆除は病気の原因となる邪気を体外へ排除することを意味し、袪邪と省略します。この原則は、「補正袪邪(ほせいきょじゃ)」とも呼ばれ、治療原則では、重要な存在となります。

(2)寒者温之、熱者寒之

寒証(寒邪を感受したり、陰盛陽虚により誘発される病気)には温める治療を、熱証(熱邪を感受したり、陽盛陰虚により誘発される病気)には冷やす治療を行う。陰陽バランスを整えるために用いられる最も基本的な治療原則です。

(3)虚者補之、実者瀉之

虚証(体力や機能が低下している状態): 補う治療原則で治療を行う。
実証(過剰や停滞が見られる状態): 減らす治療原則(瀉下法、行気法などを含む)で治療を行う。

(4)標本緩急(ひょうほんかんきゅう)

病気の「標(外面的な症状)」と「本(根本的な原因)」のどちらを優先的に治療するかを判断することで、急性の場合は標を治療し、慢性の場合は本を治療するなど、病状に応じて対応します。

(5)因時、因地、因人制宜(いんじ、いんち、いんじんせいぎ)

因時: 季節や時間帯に合わせて治療を調整する。
因地: 患者が住む地域の環境や気候に基づいて治療を変える。
因人: 年齢、性別、体質、生活習慣など個々の特性に応じて治療法を選ぶ。

3. 治療法の具体例

中医学には、以下のような治療法があります。それぞれの方法は、上記の治療原則に基づいて実施されます。
汗法(かんほう): 発汗によって邪気を体外に排出する方法(例: 感冒や表証の治療)。
吐法(とほう): 胃内の邪気を嘔吐で排出する方法(例: 食あたりや中毒など病証の治療)。
下法(げほう): 腸内の停滞物を排泄する方法(例: 便秘や腸内邪気などの排出)。
和法(わほう): 表裏の疏通、寒熱の調和、臓腑の調和を促す方法
補法(ほほう): 気血や陰陽を補う方法
清法(せいほう): 火熱に属する邪気を除き、裏熱を治療する治法
消法(しょうほう): 痰や湿気、瘀血(おけつ)などの停滞物を取り除く方法(例: 結節やむくみの改善)。
温法(おんほう): 温熱薬で陽気を回復させ、中焦を温めて寒邪を除いて冷えを治療する方法(例: 冷え性や寒冷による痛みの治療)。

4. 中医学の治療原則の特徴

全体観の重視
中医学は、身体を全体として捉え、局所的な症状だけでなく、全身のバランスを考慮した治療を行います。

個々に対する医療
患者ごとの過去の治療情報や今の病理状態を重視し、個別に最適な治療法を選択します。

予防と治療の両立
病気の治療だけでなく、発病を防ぐ「治未病(ちみびょう)」の考え方も重視されます。

結論

中医学の治療原則は、患者の病態や個々の特性に応じた柔軟な対応を可能にする独自の医療体系です。これらの原則は、単なる病気の治療にとどまらず、健康の維持や増進、さらには病気の予防にも活用されています。西洋医学と補完的に活用することで、より総合的な医療を提供する道が開けるでしょう。

このページの著者

董 巍(とう ぎ)

中医学アカデミー長、世界中医薬学会連合会常任理事、中医薬学会連合会理事長、中医師

経歴: 1959年生まれ。 遼寧中医薬大学卒業後、大連第三人民病院内科学中医内科で医師として勤務。 1990年に日本へ来日し、日本医大丸山ワクチン・薬理教室の客員研究員を務める。 その後、日本中医薬研究会の講師を経て、特定非営利活動法人「中医薬学会連合会」を設立し理事長に就任する。翌年には中国 世界中薬学会聯合会常任理事も兼任。 2011年に世界中医薬学会聯合会認可のもと中医学アカデミー を設立し、国際中医師の育成と中医学の普及に力を注いでいる。